胃がんの治療と予防
治療:手術
手術を行うにあたり、まず病状を把握します。がん細胞は胃壁だけでなくリンパ節や血管を通して転移する可能性があるため、病巣(びょうそう)と胃の近くのリンパ節や浸潤(しんじゅん)した臓器をできるかぎり取り除きます。がんの拡がりの程度や深達度(しんたつど)(どのくらい深く進行しているか)、そしてリンパ節への転移や肝臓、小腸などの臓器への転移を十分調べたうえで、最適な手術を決めます。手術法は大きく分けて3つあります。
<局所手術>
粘膜内までの小さながんに限って局所手術(一部だけの切除)が行われます。このレベルのがんはリンパ節転移の頻度が低いため、最小限の切除を行います。胃の機能をかなり残すことができます。
<部分手術>
粘膜より下の層まで浸潤しているがんでは、リンパ節転移の確率が高くなるため、胃の2/3を切除し、周囲のリンパ節をきれいに取り去ります(郭清:かくせい)。
胃の入り口部分の2/3を切除する方法を噴門(ふんもん)側切除といい、リンパ節に転移のない、胃上部に限られたがんに対してのみ行われます。胃の出口部分の2/3を切除する方法は幽門(ゆうもん)側切除といいます。胃がんの発生は胃の中央から下部2/3に多く、胃がんの手術のなかでは幽門側切除が最も多く行われています。
胃の切除後は食物の通る道を再建しなければなりません。幽門側切除の場合は、胃と十二指腸あるいは小腸をつなげます。噴門側切除の場合は、残された胃を食道とつなげます。胃の出口が温存され、食物貯留と胃酸分泌も維持されるため、食事量が取れることから手術後の回復は比較的良好です。逆に、上部が少ないことから、逆流性食道炎をおこす頻度が高く、切除後の再建に様々な工夫が検討されています。
胃切除術
<全摘出>
がんが進行し、胃の周りの臓器へ浸潤が激しく、リンパ節転移が多い場合に行われます。胃全体を摘出し、広範囲のリンパ節を郭清し、浸潤した周囲の臓器の切除が行われます。胃をすべて切除した場合、食事に問題が残ります。貯留能がなくなるため、食べられる量が減ってしまうためです。また、食べた食物は小腸に早く流れ込むことになります。胃を全摘出した場合についても再建について様々な工夫が検討されています。
治療:内視鏡による治療法
内視鏡による治療法としては、PDT(光線力学的療法)やレーザー焼灼(しょうしゃく)などもありますが、もっとも一般的に行われている内視鏡による治療法は病変のある粘膜を切除する方法です。内視鏡による治療は、開腹手術に比べて切除部位が小さく、出血や痛みも少ないため患者さんにとって負担が少ないことが大きなメリットです。切除した部分は取り出し、組織を調べ、場合によっては追加切除を行いがんの病巣(びょうそう)を完全に切除します。一方、内視鏡治療には出血、穿孔(せんこう)のリスクがあるため、慎重な操作が求められます。
ポリペクトミー:
隆起(りゅうき)した病変にはポリペクトミーといって、高周波スネアとよばれる金属の輪の中にがんを取り込み、しばり、通電することにより切除します。
内視鏡的粘膜切除術(Endoscopic mucosal resection:EMR):
隆起していない病変、表面型の腫瘍にも内視鏡による切除を可能にした方法です。粘膜下層に生理食塩水などを注入することにより、病巣を固有筋層から浮かせて高周波を用いて切り取る方法です。EMRは、下記のようなプロセスで行われます。
EMRの手技
EMRが適応する胃がんは、悪性度の低い高分化型腺癌(こうぶんかがたせんがん)で、粘膜までに限られた早期がんのみです。このレベルのがんは、リンパ節転移をしている可能性が極めて低いためです。粘膜より下層に進んでいるがんは、内視鏡的治療では完全に取り去ることができず、転移の可能性もあるためこの方法は適しません。早期がんのなかでも隆起型は2センチまで、陥凹(かんおう)では1センチまでが対象です。潰瘍または潰瘍のあとをともなっている場合は行いません。
また、手術時間も20~30分、回復までの期間は約1週間とかなり短いため、社会復帰も一般に早いと言われています。
しかし、完全に切除したとされる場合でも、手術後は定期的に胃内視鏡検査を行い、再発していないかどうか検査する必要があります。
内視鏡的粘膜下層はく離術(Endoscopic submucosal dissection: ESD):
EMRで一度に切り取ることができる病変がスネアの大きさ(約2cm)までと制限があるのに対し、より広範囲に一度に病変を切り取ることができる治療法として登場した手技が、ESDです。以前は外科手術を行っていた2㎝以上の病変でも、おなかを切らずに内視鏡で治療できることが多くなりました。ESDは、下記のようなプロセスで行われます。
ESDの手技
ESD治療の際には、切開・回収・止血などの各プロセスに応じて、さまざまな内視鏡処置具が使われています。
切り取られた病変は、顕微鏡を使って組織の様子が確認されます(「病理検査」と呼ばれています)。
ESDでは大きな病変もひとかたまりで切除できるため、病理検査でのより正確な診断にも役立つと考えられています。
治療:腹腔鏡下胃切除術
腹腔鏡(ふくくうきょう)下切除術は手術のダメージを最小限にし、開腹手術に劣らない成績を期待したものです。腹壁に数ヵ所小さな穴を開けて、腹腔鏡と電気メスなどを入れてモニター画像を見ながらがんを切除します。開腹手術に比べて、傷が小さく出血も少ないうえ、周りの他の臓器が外部の空気にふれなくてすむというメリットがあります。さらに、患者さんにとっては痛みも少なく、回復が早いため社会復帰も早くなります。
しかし、遠隔操作であるため、腹腔内での操作範囲に限界があること、臓器、血管の損傷がおこりうること、また、その損傷に気づきにくいことなどの技術の難しさがあります。そのため、リンパ節を取り去るのには適した方法ではありません。胃がんは進行と共にリンパ節転移をおこすため、これが最大の問題点でもあります。
腹腔鏡下胃切除術
治療:化学療法
胃がんを完全に克服する治療法は、早期発見と共にがんを完全に取り去る手術が基本です。化学療法は、この手術の治療をさらに確実にするために行われる補助的治療法です。手術不能な場合、手術で取りきれなかったがん細胞を死滅させる場合、そして、手術前に少しでもがんの大きさを小さくして手術に臨む場合など様々な目的で行います。化学療法は進行性胃がんのような増殖力の強いがんに対して効果をもたらす反面、強力な薬剤は正常細胞へも影響をおよぼすため、骨髄抑制(こつずいよくせい)(白血球や血小板などが減少する)や脱毛、吐き気、下痢などがあらわれます。しかし、今では白血球を増加させる薬剤や抗がん剤による嘔吐を軽減させる薬剤など副作用を和らげる薬が開発されており、これらの薬剤を利用しながら、患者さんの負担を少しでも軽くして、抗がん剤治療を行えるようになりました。
治療:その他の療法
いずれも補助的な療法で、手術と併用(へいよう)して行われます。
免疫療法:
薬剤(免疫賦活(ふかつ)剤)を用いて、体内の免疫細胞を活性化させる方法です。
人間の身体のなかでは異物が体内に入ると、免疫細胞がそれを認識して、排除しようとする働きがあります。この働きを活性化させて、がん細胞に対する攻撃性を高め、がんの縮小を試みる方法です。免疫療法単独ではめざましい効果はありませんが、化学療法剤など他の療法と組み合わせることにより、腫瘍を小さくする効果が高まるといわれています。
放射線療法:
がんに放射線をあてて治療する方法です。
手術前にがんを小さくしたり、がんの転移を防ぐ目的で行われます。
治療および手術後は定期的に診察を受け、経過観察を継続しましょう。
予防
胃がんの明らかな原因の1つに塩分摂取がありますが、リスク増加要因としては、ほかに米飯多食、熱い食べ物、飲み物、不規則な食事なども言われています。一方、胃がんの予防に有効な食生活として、牛乳、乳製品、生野菜、果物などを摂ることがすすめられています。
近年、わが国では食生活の欧米化で胃がんの罹患(りかん)率は緩やかな減少傾向にあります。世界的に見てみても、冷凍・冷蔵保存するようになり、くん製やひものの摂取量が減ったことから減少しています。
また、日常生活で心がけることとして過度の飲酒、喫煙、肉や魚などの動物性たんぱく質のこげ、カビなどはなるべく摂取しないなどがあげられます。また、緑黄色野菜、緑茶、ビタミンCを積極的にとることががんの発生を抑えるともいわれています。また、2次的予防として検診があります。
胃がんの罹患率の減少と共に死亡率は急速に減少しており、これは検診の普及による早期発見と早期治療、治療技術の向上によるものです。食生活に注意し、定期的に検診を受け、がんを早期に発見し治療することが重要なことです。